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心がすり減るという負け

Yahoo知恵袋で、生活保護申請に関する相談を読んでいると、批判的な回答が目立つ。
例えば、生活保護とは本当にどうにもならない悲惨な境遇の人が申請すべきものである、質問者よ、お前は甘えている、お前のような者に税金が支払われるのは不快だ、等々、まぁよくあるものだ。

ある回答者が、自らの体験を語っていた。もともと体が弱く、とある感染症に罹ったが、会社に許可を得て出社した。会社側も、休むなんてとんでもない、出社して当然、という雰囲気だった、辛かったが休まずに乗り切った…というもの。言うまでも無く、
「俺はこんな苦労をしている、お前は甘えている」
というメッセージを発している。

私は、この回答者はダメだと思う。そんな病気に罹ったら休むべきであるに決まっている。それを「俺は休まなかった」と誇らしげに語るなど、奴隷が自らの足に付けられた鎖の重さを自慢するようなものだ。「社畜」ぶりを自慢してどうするのか。

そりゃ私だって苦労自慢ネタの1つや2つありますよ。
昼は通常通りの仕事をして、業後に別の現場に赴いて終電近くまで応援、当然土日は応援で、1ヶ月の勤務表が全部出勤(休暇一切なし)だったとか。
2日連続で徹夜して、6時間ぐらい寝た日を挟んでまた2日連続徹夜して、吉野屋で朝食をとろうと早暁の街を歩いていたら心臓がキーンと痛んで「これはひょっとしたら、まずいかもしれない…」と思ったりとか。
健康ランドに泊まり込んで、翌朝に無理矢理体を起こして風呂につかるのだが、何だか体が冷えてしまって、皮膚表面はお湯の熱を感じているのに、それが体の中まで浸透していかない、アイスクリームの天ぷらのような奇妙な状態になってしまった、とか。それから、それから…

でも、こんなのを自慢してもしょうがないのだ。こんなのはサラリーマン同士の飲み会での苦労自慢合戦に役立つ程度か、あるいは、後輩に対して、飲み代を奢ってやる代わりに説教の快楽に浸るためのネタになるか、その程度なのだ。
(ちなみに私自身はそんなことをやりませんよ。ほんのちょっとしか

件のYahoo知恵袋・回答者に話を戻そう。
この人は病気と戦い、逃げなかった。それは立派なことだ。
しかし彼は病気に負けた。それは残念なことだ。

「負けたとはどういうことか?彼は病気に打ち勝ったのではないか?」
と感じる方が多いと思う。
私のいう「病気に負けた」の意味は、病気によって心が変容させられてしまった、凝固してしまった、ということである。自らの経験を絶対視し、他者への想像力を無くしてしまった、ということである。
ここでの他者とは、Yahoo知恵袋で生活保護について相談する人を指している。
「生活保護申請するとは、どんな事情なのだろう?」と想像することなしに、「こいつはダメだ」と切って捨てる。心が凝固していると思う。

このように病気に負けるくらいなら、戦わずに逃げた方がまだいい、と私は思う。
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