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投資と投機と勝負事と博打

投資は現代人のたしなみ、という人がたまにいる。
投資というと、「リスクとリターン」という2本の軸で考える人が多いようだ。例えば国債はローリスク・ローリターン、株はハイリスク・ハイリターン、といったように。
しかし私は、「ゼロサムか否か」という1本の軸で考える。

株式市場で株を買うとしよう。
すでに上場して久しい企業の株で、株価があがる見込みがあれば、それを買う。そして読みが当たり、その企業の株価が上がれば、適当なタイミングで売ることによって儲けることができる。

一方、あるベンチャー企業が初めて上場したとする。その企業の将来性が期待できるなら、株を買う。そして読みが当たり、その企業の業績が上がれば、配当によって儲けることができる。

前者は、誰かが損をしている。すなわち、もし私が、安く買った株を高く売ることで儲けるならば、どこかの誰かが逆に、高く買った株を安く売って、損をしているわけだ。

一方、後者は誰も損をしていない。株主は配当を得られ、企業は資金を得られ、消費者はその企業が提供する商品やサービスを得られる。みんなハッピーだ。

私が「ゼロサムか否か」というのは、この2つを指している。前者がゼロサム(誰かが得をすれば、必ず誰かが損をする)である。「株を買う」という、同じ行為であっても、売却益を目的とするか、配当を目的とするかで見方が変わってくるわけだ。

私は、前者の投資(というより、それは“投機”というべきだと思う)には一切関心がない。子供の頃から、
  • 将棋は負ける
  • 人生ゲームはビリになる
  • モノポリーは破産する

こんな感じで、自分は勝負事、博打には向いていないんだ、というのがよく分かっているからだ。

一方、後者の投資ならば関心がなくはないが、それを実現するための、企業の将来性を見抜く目があるわけでもなし、だからといってそれを鍛える情熱があるわけでもなし、結局、現代人のたしなみは、私には無縁なのだった。
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