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前ロール考

パソコン要約筆記で、イベントの情報保障に赴くとする。
事前に「式次第の台本」がもらえることがあり、そこには、司会者の話す内容が時系列で書かれている。
当然、「前ロール化」を考えるだろう。
事前に前ロールとして仕込んでおけば、当日、司会者の話を必死になってキーボードに打ち込まなくても済むからだ。

その際、台本の表記をそのまま前ロールに反映させる必要はない。
たとえば、
「○時○分に開会と成ります」
と台本にあれば、
「○時○分に開会となります」
にすべきだ。
後者のほうが読みやすいから。

そもそも、台本というのは音声で話すのが主目的であって、そのための手段として、内容を文章で書いてあるに過ぎない。
手段に過ぎないもの、すなわち文章の表記("成ります"、とか)を、それほど尊重する必要はないのである。
音声が主、文章は従なのだ。

しかし、前ロール化にあたって、原稿に書かれている表記を尊重すべき場合もあると思う。

たとえば「作文の朗読」だ。
自治体主催のイベントなどで、小中学生の作文コンクールの入賞者が、壇上で自らの作品を朗読するケースがある。
その場合、事前に作文原稿がもらえたならば、情報保障者は、前ロール化にあたって、その作文の表記を尊重すべきだと思うのだ。
小学校低学年の作品だと、ひらがなが多くて、
「ここ、漢字に置き換えれば、すごく読みやすくなるんだがなぁ…」
という誘惑に駆られるが、それも断ち切らねばならない。

なぜなら、作文というのは書き言葉である。本来なら、耳で聞いてもらうのではなく、目で読んでもらうことを想定して作られた文だ(ここが台本とちがう)。
ただし、イベントにおいては、優秀作品の内容を一度に多くの人に伝達しなければならないため、朗読して聞いてもらう…という手段がとられているに過ぎない。
文章が主、音声は従なのだ。

であるならば、情報保障の字幕としては、もとの文章の表記に忠実であったほうが、作文の書き手から、字幕の読み手への、情報伝達の精度は高いと思う。
小学校低学年の、ひらがなだらけの文章を、そのまま字幕に出すことで、
「あぁ、まだ漢字はあまり習ってないけど、頑張って書いたんだな」
という情報を伝えられる、ということだ。
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