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体罰論はこれがお薦め

ブログ『恐山あれこれ日記』
記事『ダースベーダーの体験的「体罰」論

曹洞宗の和尚さんによる体罰論。ダースベーダーとはご本人のあだ名で、「体験的」とは、永平寺(曹洞宗大本山)における、体罰を含めた厳しい修行時代の体験に基づくことを指しています。

私がこの論に最初に惹かれたのは、「体罰はぜったいダメダメ!」という、政治的に正しいが実効性はゼロであるフレーズを振りかざすのではなく、まずは一旦、体罰の是非を棚上げし、その“効用”について冷静に分析している点です。

その上で、著者は最終的に
>「体罰」は愚策にして、無きにしかず。
と結論付けています。

私は体罰を受けたことは小中学校時代に数度程度ですが、肉体的な暴力は伴わなくても、精神的に威圧して、相手を屈服させようとする手合いには、成人してから何度も相対しました(サンプル:過去記事「自信満々な人に関する考察」のA氏)。今どきの言葉では「パワハラ」(パワー・ハラスメント)とでも言うのでしょうが、私はこれも「広義の体罰」と捉えることができると思います。

体罰(または広義の体罰)を無くしたいという志を持った者は、自らが指導者の立場になったとき、苦痛と恐怖による支配ではなく、言葉を尽くして教え、自らの実力、魅力によって生徒や部下を導く(サンプル:「自信満々な人に関する考察」のB氏)。そして、そのような指導を受けた者が、やがて指導者となった時に、師と同じように生徒や部下を導く。そして、そのような指導を受けた者が…(以降省略)

体罰を無くしていくためには、迂遠に見えても、このサイクルを回すしかないと感じました。
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踏み台

苦しいときに、
「もっと苦しい人だっているんだから、わたしも頑張らなくちゃ」
といって自分を励ます人がいる。

一方で、苦しいときに、
「もっと苦しい人だっているんだから、それに比べれば、わたしはまだマシだ…」
といって自分を慰める人がいる。

前者は前向きでポジティブ、後者は後ろ向きでネガティブ、と人は言うだろうが、しかし私は、内実はどちらも同じだと感じる。
その「もっと苦しい人」を、いわば「踏み台」として利用している点が共通していると思うのだ。
前者は、自分を奮い立たせるための踏み台で、後者は、自分を慰めるための踏み台だ。踏み台に登って、上を見るか、または下を見るかだけの差異であって、踏み台とされた側からすれば、たいして違いは無かろう。

誰か他人を踏み台として利用するやり方は、私は、あまり上等な方法ではないと思う。だから私は、苦しいときに、
「以前の自分はもっと苦しかったんだから、それに比べれば今はけっこういける」
といつも思っている。いわば、「過去の自分」を踏み台として利用するのである。

そうは言っても、私とて、本当にどうにもならない苦しい状況に追い詰められたならば、誰か他人を踏み台として利用するやり方に縋るかもしれない。そんなことは絶対に無い、というだけの自信は、残念ながら無い。
だから、自分の考えを声高に主張はできないので、小声で言います。
「踏み台にするのは他人ではなく、自分自身にしませんか?なるべくなら

Webアクセシビリティ

骨髄バンク普及映画を作る会」という団体のウェブサイトがある。
その内容は勿論いいのですが、ウェブサイトの“作り方”にちょっと残念な点があります。

当該サイトのトップページには、次のような文言が並んでいる。
引用:

「骨髄バンク普及映画を作る会」では
映画を通してたくさんの方に骨髄バンクを知っていただくために
みなさまからのご支援をお待ちしています。



当該サイトを表示させ、上記の文言が書かれた部分にマウスカーソルを移動して、文章をドラッグして反転表示させることを試みてください。
文章を反転表示させることができない。なぜなら、トップページ自体が、1枚の大きな画像として実装されているからである。

まず試しに、いまご覧のこの記事で、適当な文章をドラッグしてみてください。
この記事の適当な文章をドラッグしてみる
説明画像1

次に、「骨髄バンク映画を作る会」サイトで、同じことをやってみてください。
画像で表現された文章をドラッグしてみる(Google Chrome での見えかた)
説明画像2


私が“残念な作り方”と言ったのはこの点です。
それはアクセシビリティの観点からしてイマイチなのです。
アクセシビリティ(accessibility)とは、「万人にとっての使い勝手のよさ」とでもいうべき言葉です。

ここで、私が当該サイトをイマイチと決め付けたのに対し、疑問を持つ人もいると思います。
「べつに、文章がテキストであろうが画像であろうが、たいして見栄えに変わりはなく、使い勝手が悪化するとは思えない。どうして画像だとダメなのか?」

それは、晴眼者(普通に目の見える者)にとっては問題にならないが、視覚障害者にとっては使い勝手の悪さにつながる、という点がダメなのです。
弱視者がウェブサイトを閲覧するとき、ブラウザの機能でテキスト(のフォント)を拡大して見ることが多い。しかし、問題のページは、文字を大きくしたくてもできません。なぜなら、大抵のブラウザには、画像を拡大する機能が無いにもかかわらず、当該ページはテキストではなく画像でできているから。

全盲者にとってはさらに深刻です。ウェブサイトの閲覧に使っている音声読み上げブラウザが、問題のページに対しては沈黙してしまいます。なぜなら、音声読み上げブラウザは、基本的に「テキスト」の内容を読み上げるものであるにもかかわらず、当該ページはテキストではなく画像でできているから。

アクセシビリティという観点は、「障害者のことを考えましょう」といった道徳じみた掛け声だけでなく、もっと実利的な意味合いからも重要であると思います。問題のページは、現状だと、視覚障害者からのアクセスの多くを弾いてしまっているが、文字を(画像ではなく)普通にテキストで表す、というちょっとした改善によって、今までなら閲覧を諦めていた視覚障害者がアクセスできるようになり、それは取りも直さず宣伝効果アップに繋がるからです。

警告

本日2月14日は「ヴァン・アレン帯デー」です。
この日、宇宙からの有害な放射線(宇宙線)から地球を守ってくれるヴァン・アレン帯が縮小を起こし、宇宙線が多量に降り注ぐという、非常に危険な事態になります。
なるべく外出を控え、家でおとなしく過ごしましょう。
(詳細は下記を参照せよ)
http://ansaikuropedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%B3%E5%B8%AF%E3%83%87%E3%83%BC

歴史を紐解くと、キリシタン禁制の徳川時代、宇宙線の影響により人心が乱れ、キリスト教宣教師(バテレン)に救いを求める民衆が増えたため、幕府はこれへの対処に迫られました。
(バテレン対案デー)

現代では、宇宙線の悪影響に対し、米国のロックシンガー、ヴァン・ヘイレンの音楽が有効であるという説が提唱され、世界中から米国に人々が殺到した事件が知られています。
(ヴァン・ヘイレンに会いたいデー)

1人入力と私

PC要約筆記の技法として、本ブログで紹介している連携入力のほかに、「1人入力」があります。
IPtalkを使用する点は変わらないのですが、2人ではなく、1人で話を聴いて、打つ。ただし、もう1人、サポート役の人を配置し、入力者+サポート者(誤入力の訂正担当)の2名で入力するようです。

全国的には連携入力が主流らしいのですが、東京都は1人入力を行っています。
これらの入力方式のうち、どちらがより良いものであるかは、いろいろ論争があり、私には分かりません。
各々の利点、欠点を私なりにまとめてみます。


【方式】
・利点
・欠点
【連携入力】
・表出できる文字量が多い。比較的、話者が話した言葉をそのままに近い形で文字化できる。
・あまり整理されておらずダラダラ続くような話でも、そのまま近い形で文字化してしまいがちであり、文が整理されておらず字幕が読みづらい場合がある。
【1人入力】
・あまり整理されておらずダラダラ続くような話の場合、1人の入力者がしっかりと要約して、読みやすい字幕を提供できる。
・表出できる文字量が少ない。ちょっと面白い冗談などが、話の本筋から無関係であるという理由で字幕からカットされてしまう場合がある。


自治体によっては、利用者が、連携か1人か、情報保障方式を選べるところがあるらしい。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31086755&comm_id=130942
(上記トピックにその話題あり。参照にはmixiアカウントが必要)
私はこれがベターであると思います。そのために、入力者は、連携入力と1人入力の両方を練習して備えておくのが望ましいが、そこまでやる余裕はなかなかありません。

話は変わるが、2010年、千葉県で障害者スポーツ大会(ゆめ半島千葉大会)が開かれました。そこでは情報保障ボランティアを募集しており、私はそれに応募して研修を受け、さらに県の登録試験に合格し、当該大会にてボランティアを務めた後も、県内各地での情報保障活動に携わっています。

そして今年2013年、障害者スポーツ大会は東京都での開催なのです(スポーツ祭東京2013)。昨年2012年の春ごろ、私は次のような皮算用を立てていた。
・この大会で情報保障ボランティアを募集するだろうか?
 ↓
・もし募集するなら、おそらく1人入力での研修が行われるだろう…
 ↓
・それに応募すれば、本格的な1人入力の練習ができるぞ!
勿論、研修によって得た1人入力の技術は、まず第一に、スポーツ大会での情報保障に役立てるのは当然のことです。しかし、せっかくの技術を、それ以降の情報保障活動に役立ててもバチは当たりますまい。

しかししかし、無情にも、東京都は情報保障ボランティアの門戸を広く開けてはくれなかった。
応募用件に「東京手話通訳等派遣センター登録者」という一文が書かれていたのである。
http://www.sports-sai-tokyo2013.jp/volunteer/jouhou.html
私の皮算用は潰えた。

広く一般からボランティアを募集するよりも、「東京手話通訳等派遣センター登録者」に限って募集した方が、入力者の技術も確かであり、情報保障の質も格段に上であろう。
それも分かるのだが、一方で私は「残念だなぁ」という気が拭えません。
「これを機に1人入力を練習しちゃおう♪」という目論見が潰えたからだけではなく、このボランティアを機に情報保障活動に入った私のような人が、東京都からも出てきてほしい、という願いが適わなかったからです。

時間と空間の混乱を正す

ある面白いブログを発見したとしよう。
他の記事も読みたいと思って、過去分を閲覧するべく、ページ繰りのためのリンクを探すと、次のような表示である場合がしばしばある。

 ≪前のページ  次のページ≫

ここで、過去分、すなわち古い記事を表示させたい場合、「前のページ」「次のページ」のどちらのリンクを選択すればいいのだろうか。

そんなものは「次のページ」に決まっている、と多くの人は言うだろう。ブログは大抵、新しい記事の順番に表示されるので、古い記事を見たければ、次のページ、次のページ、と繰っていくというのが自然な流れだ…

しかし、私はどうしてもコレをすんなり受け入れられない。
ここで、見たいのは古い記事、すなわち、時間的に「に投稿された」記事である。ならば、「のページ」のリンクをクリックすることで見せてくれてもいいじゃないか…と思ってしまうのだ。

他ならぬ当「ジェットマグロ」が、今まで「前のページ」「次のページ」方式であったのだが、FC2はこの表示方法をカスタマイズできることが分かったので、ちょっと変更してみました。基本は

 ≪新しい記事を見る  古い記事を見る≫

という表示です。「前の」「次の」という、時間軸と空間軸の両方に使用できる修飾語ではなく、「新しい」「古い」という、時間軸でのみ使用可能な形容詞に置き換えることで、誤解の余地をなくすことを意図しました。

実際には、上記の表示方法はPCでページ単位に記事を閲覧する場合の出方であって、PCで記事単体を閲覧する場合や、携帯電話、スマートフォンで閲覧する場合の出方はちょっと異なるのですが、「新しい」「古い」という形容詞で表現する点はすべて同じです。

ちょっと冗長になりましたが、自分としては分かりやすくなっていい気分です。

続きを読む

AKB48 峯岸みなみ騒動について

今更ですが、AKB48の峯岸みなみ坊主騒動について。

だいぶ前だが、テレビで、ある企業で何らかの不祥事が発覚し、経営者が土下座する場面を見た。今回、坊主頭の峯岸みなみを見て、その時と同じ気分に追い込まれた。
社会的地位のある人の土下座、女性の坊主頭、いずれも「居たたまれない」とでも言うしかない気分になる。
「もっと毅然とした態度で、過ちを認めることはできないのだろうか…」
と、今回も感じさせられた。

AKB48の「恋愛禁止」という内規(?)そのものに対して批判し、峯岸みなみ本人を被害者のように捉える意見があるが、私は全く同意できない。
なぜなら、峯岸みなみ自身、その内規を百も承知でAKB48に加入しているからだ。

歌唱力を売りにする歌手、演技力を売りにする女優、話術を売りにするコメディアン、そういった分野であるなら、当人のプライベートでの恋愛が仕事の上でマイナスになることはない。事務所が、彼女に対し恋愛禁止を申し渡したとすれば、それは全く不当なことである。

しかしAKB48は違う。売り物は、歌唱力でも演技力でも話術でもない。
「恋人みたいな、かわいい女の子」というイメージ、幻想が売りのグループである。
その幻想を維持するために「恋愛禁止」という内規があるのではないか。それを破ることは、自らの首を絞める行為ではないか。

恐らく、峯岸みなみ本人はAKB48を辞めたくないと事務所に訴えたのだろう。あの坊主頭は、本人が申し出たのか、事務所が命じたのかは分からないが、いずれにしても、こうして「真摯な反省の色」を示して、やり過ごそうという算段なのだろう。
坊主頭によって居たたまれない気分に追い込まれた上に、あまりにも「原則」「決まりごと」を軽んじた態度を見せられ、「結局、有名人ならば、可愛ければ、何をやってもいいのか…」という益体もない感想も湧いてくる。

私は、次のような対応をしてほしかったと切に思っている。
  • 事務所は、峯岸みなみをAKB48から除名する(勿論、坊主頭にさせるようなことはしない)
  • そして、もし本人が、歌唱力、演技力、話術、etc.を売りにして一人立ちする道を志すならば、当面の間、事務所はそれをサポートする(現実には厳しい道であろうが)

~~~~~~

話は変わるが、いにしえの昔、「たのきんトリオ」という男性アイドルグループがあった。
メンバーは
  • トシちゃん
  • マッチ
  • ヨッちゃん
の3名である。
当時、私の母は、彼ら3人を識別できなかった。テレビで彼らが映るたびに、
「これ、トシちゃんでしょ?」
「違うよ、マッチだよ!」
「うーん…」
というやり取りが繰り返された。幼かった私は、
「彼ら3人はこんなに明確に違うのに、どうして母さんには違いが分からないんだろう…」
と訝しく思った。

時を経て2000年代、私は大人になり、計らずして当時の母の気持ちが痛切に分かる機会を得た。
「モーニング娘。」の台頭である。
そう、当時、私は、彼女ら10人ぐらいを識別できなかったのだ。
「これ…飯田圭織だ!…いや…矢口真里だろうか…」
と自問自答していた。
(そのうち何となく分かるようになりました)

そして2010年代、事態はさらに進んだ。「AKB48」の台頭である。
もはや私は、彼女ら48人を識別しようとも思わない。
(峯岸みなみは覚えた)

PENTAX Q10

デジカメを買いました。機種はPENTAX Q10
親友が、このQ10のレンズを開発している会社に勤めており、望遠レンズを1本もらったので、せっかくだからQ10本体を買って生かそう、と考えたのがきっかけです。

130204_2111~01

 写真右がもらった望遠レンズ

これを使って何を撮るか?
蕎麦猫太郎である。
Q10はシャッター速度を2000分の1秒まで速くできるので、奴の素早い動きも明確に捕らえることが可能となるのだ。

マニュアルを見ながらいろいろいじってみて、まず最初に行ったのは、
「背景が暗い場合でも、勝手にストロボを発光させない」
という設定変更です。初期値のままだと、暗い時には勝手にストロボが光るのだが、これはよくない。
なぜなら、猫を撮る時、不意にストロボが発光すると網膜を傷つける恐れがあるからです。
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