スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PC要約筆記の効用

連携入力とは?(2)で書いたとおり、2人がかりで話を打ち込む連携入力は、10分ごとにペアを交代しながら続けます。

ここで、時間の経過の感覚として、自分(およびペアの人)が入力している10分間と、他のペアが入力して自分は待機している10分間とを比べると、前者が圧倒的に短く感じる。
入力の交代は、それを知らせるIPtalkの機能を使って合図を出すのですが、自分が入力しているときに、交代の合図が来ると、「えっ、もう10分経ったか!」といつも感じます。

入力している最中は、
「音声情報をいかに漏らさず字幕に反映させるか」
という一念だけが純粋に意識を占めており、雑念が一切ない状態になる。
ある意味「無我の境地」と言えなくも無いかもしれない。

この「無我の境地のような時間」には効用がある。
それは、何かの事情で辛い、苦しい気分が続いている時にも、「無我の境地のような時間」が挟まることで、苦しい気分の連続に“楔”が打ち込まれる、というものです。

それによって、苦しい事情が好転するわけでは全くない。その日が終われば、また苦しい気分が続くかもしれない。しかし、楔を打ち込むことで、苦しい気分3日目、4日目、5日目…という連続記録が途切れ、翌日からまた1日目、2日目…とカウンタがリセットされる。小さなことかもしれないが、私はこれには意味がある、と思っています。
スポンサーサイト

西尾幹二 著「智恵の凋落」 (1989年、福武書店)

私が著者を知ったのは、確か1990年頃、「朝まで生テレビ」に出演していたのを見たのがきっかけだった。
当時、まだバブル景気で人手不足が叫ばれており、「外国人単純労働者を受け入れるか否か」をテーマとして論争が繰り広げられていた。
大半の意見は「受け入れるべし」であったが、著者は一人敢然と「受け入れ不可」を主張し続けた。
私はそれを見て「何と頑固一徹な人であるか…」と感じたのだが、それをきっかけにして何となく著者に惹かれ、著書を読み漁った覚えがあります。

その後、著者が「新しい歴史教科書をつくる会」の活動に傾注するようになって以降は、あまり読まなくなったが、つい最近、書棚にある「智恵の凋落」をふと再読したら、高校から大学時代にかけて、著書を読み漁っていた頃の気分が蘇ってきて、とても懐かしくなりました。
その気分とは、
「自分はどういうわけか、このバブルで浮かれた世間に乗って、うまく楽しむという能力が無い。かといって、オタク趣味に浸って楽んだり新興宗教に救いを求める気分にもなれない。イソップのコウモリのように、そのどれにも属さずに生きていくしかない。心細い道だが、西尾幹二をはじめ何人かの賢人の言葉を頼りにして自分を立たせよう」
というものです。

引用:

そこで知性の第一の条件として私が強調したいのは、自分は何が分かっていて、何が分かっていないか、その点がよく分かっているということではないかと思う。多く知ることが大切なのではない。何かを明確に知っていることだけが大切なのでもない。自分が知っていることは何で知らないことは何であるか、そのけじめをはっきり知っているということが肝要なのではないだろうか。自分に関してのこのような「明晰さ」こそが、知性の証ではなかろうか。

(汝自身を知れ)

自分は内向的な高校生だ。同世代の者たちが楽しんでいる遊びの多くを知らない。かといって「俺ってコレが凄いんだぜ!」という必殺技を持っているわけでもない。だからせめて知性を備えよう。いわゆる「インテリ」という、飾りとしての知性ではなく、著者の言う本当の知性、「明晰さ」を持ちたい…


引用:

…真の個性と単なる虚栄心の差はほんの僅かで、つい私たちは自分の心の心情の純粋さを信ずる余り、後者を前者ととり違える自己欺瞞に陥り易いからです。
 例えば、世渡りが下手で、大人の世界からうまく信用されない青年が、それは自分の孤独の純粋さのせいだと考えたがるなどは、そうした自己欺瞞の典型的な例と言えるでしょう。自分は清潔で、社会は不正と不道徳に満ちている、というような思い込みが一般に青年の心を占領し易いのは、人間は誰でも自分の弱点を見たがらないからです。しかしそういう青年に限って、うまく世間と折り合いがついて、たまたま出世コースにでも乗ってしまったら最後、じつに厭らしい俗物になって威張り散らす、というようなことになりかねません。私はそういう例をたくさん見てきました。

(大いなる虚栄心)

将来、こういう厭らしい俗物にだけはなるまい…
…現時点で、私はそこそこ世間と折り合いをつけていますが(出世コースとは無縁だが)、取りあえずこのような厭らしい俗物には、なっていないつもりです(それを評価するのは自分ではなく他人だが)。


引用:

 ですがまた、心の底では何処かに、たとえ少数でも、現代の青年の中に、他に掛け替えのない自分自身の価値観に固執して、最大多数の好みに参画するだけはかたくなに遠慮するという真の虚栄心の持ち主が、必ずいるに違いないと信じ、その少数者に期待したい気持ちを抱き続けている昨今でもあります。

(大いなる虚栄心)

…今現在、私は壮年?中年?であって、とうの昔に青年では無くなってしまいました。
自分自身が、現代の青年の中に、真の虚栄心の持ち主が、必ずいるに違いないと信じ、その少数者に期待したい気持ちを抱き続けている昨今でもあります。

ステルスさん

血液疾患関連のサイトのリンクを集めた、「海好き」というサイトがある。
当「ジェットマグロ」は、分類「ドナーさんのサイト」中に登録してもらっています。

この海好きには、「最近アクセスされた関連リンク50」というコーナーがあり、登録サイトのリンクをクリックすると、そのサイト名が、当該コーナーの先頭に浮かび上がる。
やがて、他のサイトがクリックされるに従い、順位が2位、3位…と下がっていき、50位までは表示されるが、51位になると脱落して見えなくなる、という仕組みです。

ここで、以前から不思議に思っていたことがある。誰かが、海好きのリンクから当「ジェットマグロ」をクリックして、その証拠が「最近アクセスされた関連リンク50」に残っているにもかかわらず、当「ジェットマグロ」に仕込んである、FC2のアクセス解析には、それが記録されていない、という事態がしばしば起こるのです。

その、アクセス解析に足跡を残さずに当「ジェットマグロ」を訪問する人を、ひそかに「ステルスさん」と名付けていました。
「あぁ、今日もステルスさんだ。何故、どうやって身を隠すのだろう…」
と思っていた。

がしかし、最近になってステルスさんの謎が解けそうである。私がFC2のアクセス解析(およびアクセスカウンタ)をPC用しか設定しておらず、携帯電話用、スマートフォン用には別に設定しなければならないのを忘れていたから、らしい。
つまり、ステルスさんは、単に携帯かスマホで当「ジェットマグロ」を閲覧していただけ、というのが真相のようだ。

アクセス解析(とカウンタ)を携帯電話用、スマートフォン用もすべて設定した上で、携帯電話からのアクセスを自分でテストしたところ、きちんと記録されました。スマートフォンは使っていないので自分ではテストできませんが、ステルスさんがもう現れないことを期待してしばらく様子を見ます。

へっぽこ旅行記(北海道、新潟)

■1月1日 19:03 上野発 札幌行きの寝台特急「北斗星」号
一番安い個室の「ソロ」を取ったのですが、北斗星の個室はすべて喫煙車で、タバコの臭いがこびりついているのがいまいちだった。開放寝台(禁煙車)にしておけばよかった。
旅の友は、色川武大「狂人日記」(講談社文芸文庫)。0時頃までかけて一気に読んでしまいました。

■1月2日 10:20 苫小牧着
札幌ではなく苫小牧で降りる。当初予定では、ここから夕張を目指して、「夕張鹿鳴館」を見てから札幌、小樽に向かうつもりだったが、気が変わって、苫小牧と札幌で、ブラブラしつつお土産などを買い、早めに小樽に向かうことにしました。
こういう時に、1人旅は気ままで便利です。

■1月2日 16:00頃 小樽着
・ホテルにチェックインする
・あちこち散歩する
・適当な寿司屋で食事
・寿司屋を出たら吹雪だった
これだけなのだが、私は雪の中をザクザク踏みながら歩くのが好きで、結構楽しかった。

■1月3日 10:30 小樽発 新潟行きのフェリー「らいらっく」号
ツーリストSという、個室もどきの部屋を取った。
だいたい2畳ぐらいの空間に1段ベッドと書き物用の小さな机、ゴミ箱、ハンガー。扉は無く、通路とはカーテンで仕切られている。
出港時、甲板に出てみる。この時、小樽港は晴れ間がのぞきました。

130103_1051~01
 後部甲板は約5cmの積雪

しかし、少し沖合に出るといきなり猛吹雪。さすが冬の日本海。船はかなり揺れた。

130103_1102~01
 昭和基地からリュツォ・ホルム湾を望む
 らいらっくから石狩湾を望む


揺れる船中にて、いそいそと手紙を認める。相手は、以前の記事「上を向いて歩こう」に書いた、お見合いにおいて仲人をしてくれた人物です(○○さんとする)。

手紙内容を一部抜粋

はじめにこの旅を計画した時、新潟については帰路の中継地点としか考えていませんでしたが、「ちょっとお酒でも飲んで行くか」と漠然と考えていたとき、○○さんのことが燦然と脳裏に浮かんで参りました。そうだ、○○さんに新潟からお酒をお贈りしよう。


補足する。
お見合いの席で、仲人の○○さんの経歴についての話が出た。現在は東京在住だが、かつて新潟にお住まいだったことがあり、そのときに新潟のお酒を気に入った…という話を、旅行出発前に思い出したのである。
また、以前の記事「奢りのテーゼ」に書いた、「プライベートで奢っていただいた人」が他ならぬ○○さんであり、これはお礼をする千載一遇のチャンスだぞ、新潟のお酒セレクションを贈るというのはかなりのヒットだぞウヒヒ、と考えたのである。

■1月4日 7:00 定刻より1時間遅れで新潟港着
港からバス停まで少しザクザク歩き、バスで新潟駅に行きます。大きな荷物をコインロッカーに入れ、適当に腹ごしらえしてから、あらかじめネットで調べて、ここで買おうと決めていた、松澤酒店に向かいました(ザクザク歩いて)。
そこで、のべ8種類の新潟のお酒(300mlサイズ)を私がセレクトして、梱包の箱の中に、船中で書いた手紙も入れてもらい、○○さん宛てに発送しました。

その後、新幹線で帰宅しました。旅の終わりは寂しいものですが、今回は、○○さんへの贈り物というウキウキコーナーがあったので、心楽しく帰途につきました。
プロフィール
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
カウンター
にほんブログ村 その他生活ブログ 献血・ドナーカードへ
にほんブログ村
にほんブログ村 その他生活ブログ ボランティアへ
にほんブログ村
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。