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「いじめられている君へ」を読んだ君へ

Chikirinの日記
「いじめられている君へ」
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20121021

上記の記事は、虐めの主原因が、親の出自や職業への侮蔑であると見ている。
確かにそういうケースもあるだろうが、私は、重要な点は別のところにあると思う。

あなたが通う「学校」には、たった一つの価値観しかない。「コミュニケーション能力」というやつだ。
これは、学校内で、唯一の絶対神である。
みんな、この神の怒りに触れぬよう、必死になっている。
あなたも、決してこの神を軽んじている訳ではなかろう。クラスメートとの関係を悪くしたいはずが無いだろうから。しかし、あなたはちょっとだけ人間関係に不器用なところがある。それは、虐める側の生徒から見れば、神への忠誠度が低い、と映っている。

彼らは、あなたに対して
「なんか、あいつムカつく」
と感じている。そのムカつきの内容を明確にすれば、次のようになるだろう。
「我々は毎日、必死になって、絶対神への忠誠の証を立てている。にもかかわらず、あいつはその義務をサボっている。だから、あいつムカつく」

彼らは、絶対神への忠誠以外の生き方を知らない。だから、あなたに対して天誅を下す。同時に、複数人であなたを虐めることによって、互いに忠誠度合いを確認し、安心するわけだ。

では、どうすればいいか。私に言えることは僅かしかないが、もしあなたが中学生ならば、定時制高校への進学を勧めたい。
仕事の世界は、「コミュニケーション能力」絶対神の支配が、学校に比べれば弱い。仕事内容にもよるが、真面目に淡々とやっていれば、それなりの評価も得られる。
どうか、仕事の世界で解放されるという望みを糧に、なんとか学校生活を凌いで欲しい、と願っています。
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奢りのテーゼ

私は学生時代、昼は東京駅の地下街+地下駐車場の清掃アルバイト、夜に大学に通っていました。
清掃の現場の親方は50歳近いおじさんで、私も含めたメンバーに、よく缶ジュースを奢ってくれた。
真夏の地下駐車場は暑い。あのジュースはとても有り難かった。それで、たまには僕もごちそうしますよ、というと、「いや、いいよ!」と必ず強硬に拒否された。
今にして振り返れば、確かに、20歳そこそこの若造から奢られたくはないよなぁ、と思います。

「奢る」というのは、年上、目上の者が、下の者に対して行うものであって、その逆はちょっと難しい。
では、年下、目下の者は、どうすればいいか。
「ありがとうございます!」
と、感謝の念を言葉と表情で伝えるのは当然のことだ。でも、それ以上に何かをしたい場合、お金ではなく、手と頭を使う必要がある…。

そう考えた当時の私は、何とかしようと知恵を絞り、ゴミ捨て場から廃材を拾ってきて、清掃用具メンテナンス用の工具を借りて、清掃倉庫内に用具ラックを作った。費用ゼロ円。それまでは、用具が直に床に置かれていたのです。
これは、親方を含め、みんなから喜ばれました。
飾りではなく、真に実用に堪える、便利なものだったと自負しています。

上記は、私の学生時代の大事な思い出です。
学生時代の思い出といえば、大抵は「仲間や恋人と過ごした日々」といったものなのだろうが、私の場合、何だか、夏休みの工作を褒められて有頂天になった小学生みたいだな。

   ~~~

時を経て、つい最近、2回ほど奢っていただく機会があった。仕事とプライベートで。
いずれも、年齢的に大先輩の方からだ。

「年下、目下の者は、奢られたならば、お金ではなく、手と頭を使ってそれに報いるべし」
というテーゼは、今でも私の中にある。しかし今の私は、あの時のように、費用ゼロで、みんなを喜ばせる用具ラックを作ったような、スマッシュヒットを繰り出せるだけの創造力が枯渇してしまった。
それと引き替えに得たのがお金だ。
学生時代と比べれば、財布の中身はずっと膨らんでいる。

ご馳走になった大先輩に対しては、
「いつか必ず、奢り返すので覚悟してください!」
と予告しました。
もう、お金に頼らざるを得ない。それでも、せめて、何かちょっとしたサプライズを演出して、気持ちよく受け取って貰えるようにしたい…。乾いた雑巾を絞るようにしてアイデアを捻り出し、機会を伺っているところです。

近況、雑多2

終電生活は先週で終わる予定だったのですが、延びました。
確かに疲れることは疲れるが、「人間関係の疲れ」ではない点が私にとっては救いです。

~~~

骨髄バンクの問題点を書きたいのだけれど、なかなかうまくまとらない。
きちんと定量的に、根拠を示しながら問題点を指摘したい、と考えているが、どうも私の力では及ばないようです。

~~~

「○○させていただきます」という言い回しをよく聞く。
私は、この丁寧な言い回しとしての「させていただきます」が嫌いだ。
何となく卑屈な感じがするのだ。

ところでこの「させていただきます」は、従来は、非常に攻撃的な意味合いの言葉だった。自分の意思を、一方的に相手に押しつけるときに使用する言葉だったのだ。

例1:
馴染みのお店に出かけてみると、営業日のはずなのにシャッターが降りており、
「誠に勝手ながら都合により本日休業させていただきます。店主」
という貼り紙があった。

例2:
妻が夫に向かって言った。
「実家に帰らせていただきます」

どちらも、有無を言わさず自分の意思を相手に押しつける言葉である。攻撃的だ。
しかし、どこかの誰かが、これを丁寧な意味合いで使い出して、瞬く間に人口に膾炙した。
私はこの言葉を使わない。「○○いたします」で十分である。
別に、自分の日本語が正しい、などと気負うつもりは無く、単に気分の問題、好みの問題だ。
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