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カテゴリ「骨髄提供」主要登場人物

■骨髄バンク
Nさん
コーディネーター。10年以上前の骨髄バンクニュース(ネットで閲覧できる)に、「コーディネーターNさんにお話を聞きました」という記事があった。大ベテランの人だったようだ。

■α病院
Y医師
調整医師。確認検査時と、最終同意確認時にお世話になった。

■β病院
M医師
術前検診以降でお世話になった。
手術時の執刀医。しかし骨髄採取手術はメスで切るのでは無く、針で吸い取るので、執針医?
骨髄取りの名手。

Yさん
院内コーディネーター。
自己血採取時、および入院中にお世話になった。
とても敬虔な人物で、ドナーだけではなく、β病院で骨髄移植を受ける患者さんのサポートもしていた。

Kさん
私が入院していた時の、同部屋だった患者さん。50代くらいの男性。私が退院する翌月に骨髄移植(骨髄バンク経由、非血縁)を受ける予定、とのことだった。

■ほか
私の患者さん
40代、女性、関東地方在住。
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day 2 退院

朝、病室を出る時に、御守りを、同室で翌月に骨髄移植を受ける予定のKさんに渡しました。
この御守りは、姉が私の入院前にくれたものです。

「私の骨髄提供は問題なく済んだ。だからこの御守りは効果がある。Kさんの移植にもきっと効きますよ」
ただ、そうは言っても、患者さんにとっての骨髄移植は命懸けであり、この御守りでは正直言って役者不足である。

にも関わらず、Kさんはハハハと笑って受け取ってくれました。
Kさんには毎日、家族が面会に来ていました。
「そこのベッドにいたジェットマグロさんから、こんなの貰ったよ」
という具合に、ちょっとした話のネタになってくれればいいと思った。

Nさんと母が迎えに来てくれて、さらにロビーで、看護師さん2人とM医師が見送ってくれました。
ジェットマグロ
「手術痕が全然痛くないです。これは骨髄の取り方の上手い、下手によるんでしょうか?」
M医師
「上手いんだと思います」(キッパリ)

上手い人に当たって私はラッキーだったようだ。
手術痕(穿刺孔)は普通は4~6箇所らしいが、私は2箇所だけだった。この2箇所に針を刺して、骨髄を800ml採取したそうです。私の骨髄はツルツルして取りやすいのかもしれない。

Nさんと会うのはこの日が最後だ。
私の患者さんが希望した「迅速コース」は、適合通知から骨髄移植まで80日を目標としている。私のケースでは92日だったので、若干オーバーしてしまったが、Nさんのコーディネートだから、これが、なし得る最善の結果であると思う。

姉夫婦が車でβ病院に迎えに来て、家まで乗せていってくれたので、帰りは楽ちんでした。

day 1 手術翌日

導尿カテーテルは、管の先端が膀胱まで達している。
だから尿を出そうとか止めようとかの意思とは関わらずに、少しずつ尿は出続ける。それはいいが、私の場合、常に少量の尿が膀胱に残っているような感じがあった。

恐らく、身体を立てた姿勢では、膀胱の出口が最下部になり、排尿時に尿は重力に従って全部出る。しかし、day 0 からの寝た姿勢では、膀胱の出口(管の先端)が少し上の位置になり、それより下の空間に尿が貯まってしまうのであろう。

朝、看護師さんが2人やってきて、点滴と導尿カテーテルを外してくれた。点滴はいいのだが、問題は導尿だ。
40代~50代と思しきベテラン(女性)と、と20代若手(女性)。
ベテランが、「ここはこうしてね…」などと解説しながら処置するのを、若手が熱心に見ている。教材だ。恥ずかしいと思わなくも無いが、それより、カテーテルを抜くときの痛みの方が怖かった。

その時の私の脳裏には、映画「昭和残侠伝」(1965年、東映)で、高倉健演じる主人公が、銃弾を腕に受け、それを後で、麻酔も何も無しにドスでえぐり出される場面があった。
 高倉健 「さぁ…思い切りやっておくんな…
 ベテラン(女性) 「抜きますよ~
 ジェットマグロ 「ウッ!!」
かなり痛かったが、耐えるのはズルルッと抜かれる間の1~2秒で済みました。

慎重に起き上がるが、特にふらつき等もなし。気分も良好。
まる1日ぶりに歩いてトイレに行きおしっこをする。
「ウッ!!!」
カテーテルで尿道が圧迫されていた影響か、ものすごく痛かったが、トイレも3回目以降は痛みも軽くなりました。

気づいたら下唇が腫れていました。聞くと、手術中に人工呼吸器を入れられ、唇が圧迫されていたからだろう、とのことで、軟膏を処方して貰いました。
また、熱が37度台。ドナーにはよくあることで、大きな問題ではありません。
一番つらかったのは、手術跡に厳重に貼られた巨大絆創膏がかぶれて痒かったことでした。
手術跡は殆ど痛くない。Nさんがやってきたので状況を話すと、痛くないことに驚いていました。β病院の医療スタッフが優秀だったのかもしれません。

この日は念のため、あまり動き回らずに、ベッドでおとなしく読書して過ごしました。

欠損について

だいぶ前だが、私がよく訪れる、とあるブログのコメント欄にて、ある方(○×さんとする)が、「欠損」についての話を書かれていた。
曰く、欠損があるからこそ、それを埋めるべく人は向上する。欠損は祝福すべきものではなかろうか。

私は少し違う考えを持っている。
次のように書きました。

○×さん
欠損は祝福すべきものではなく、敬意をもって接するものだと思います。
より正確には「欠損を抱えつつ真摯に生きている人には、敬意をもって接する」です。

相手の抱えている欠損を、自分が代わりに担うことはできませんが、自分自身が、己の欠損を抱えつつ真摯に生きていれば、せめて、相手に敬意を伝えることだけはできる、と私は信じています。


その後、○×さんから「心に響く言葉」とお返事をいただいて、嬉しく思いました。

day 0 骨髄抽出手術

手術は9:00からの予定ですが、事前に簡単な検査があるので7:00位に起床しました。
朝食は抜き。検査後、手術着+下はパジャマのズボンというスタイルになって、お呼びがかかるのを待ちます。
8:45頃に、看護師さんから呼ばれて部屋を出る。
この日、Nさんと、母も来ていたので、血液内科エリアのロビーで、抽出手術終了まで待って貰います。
私は、看護師、院内コーディネーターYさんと3人で、歩いて手術室に向かいました。

手術室の手前の部屋で、帽子をかぶらされて暫く待つ。
部屋の真ん中に3段ぐらいの階段があり、なんだろう?と思っていたら、やがてストレッチャーがやってきて、その階段に横付けされる。それはストレッチャーに乗るための階段でした。

階段を上がって、ストレッチャーに横たわると、数人でゴロゴロ押されて、手術室へ。
自動ドアが「ブアーッ」と開き、様々な医療機器に囲まれた空間をずんずん進んでいく。気分的にはこんな感じ。


やがて手術室に着いて、「ズボン脱ぎましょう」
寝たままズボンとパンツを引っ張られ、脱がされた。
その後、身体のあちこちに電極をたくさんつけられる。また輸血(day -13でとって冷蔵しておいた自己血)の確認をする声などが聞こえてきます。

あまり緊張はしませんでした。
PC要約筆記で、情報保障の現場に赴き、いざ打ち込み開始、という時の方が、はるかに緊張する。
なぜなら、PC要約筆記では、私も含めたチームの技術の巧拙が、その場で文字情報を求めている聴覚障害者に対するサービスの善し悪しに直結する。一方、今回の骨髄提供の件では、緊張するのは医療スタッフにすべてお任せで、私は「寝てるだけ」。こんなに楽な話はありませんよ。

点滴を入れ、酸素マスクを当てられて、「麻酔入りまーす」という声とともに、なんか妙な匂いがしてきた。これが麻酔ガスかな?と思い、目を開けたが、手術は一体いつ始まるのかと疑問に思い、手術室の時計を見ると11:00だった。手術室に入ってから2時間が過ぎていた。

↑主観的にはこんな感じ。もう手術は終わっていたのでした。
実際には、私が眠っている間に、
 (1)人工呼吸器を挿入
 (2)導尿カテーテルを挿入
 (3)裏返してうつぶせにする
 (4)骨盤の、骨髄抽出ポイントに、太い針を刺して、骨髄を吸い取る
 (5)自己血400mlを輸血
 (6)骨髄を目標量だけ取り終わったら、仰向けに戻す
 (7)人工呼吸器を外す
これらが行われていたのでした。

人工呼吸器を入れられていた影響で、多少喉が痛かったが、それ以外は特に何も無し。
暫く安静にした後、点滴と導尿をつけられて酸素マスクをかぶせられ、両方のふくらはぎに血栓防止の自動空圧マッサージ装置をつけた姿で、ベッドに寝たままゴロゴロ押されて病棟に戻った。
(この時は、さすがにウルトラマンタロウの出撃気分にはならなかった)
ロビーで待っていてくれたNさんと母に無事を伝えて、病室に帰りました。

β病院では、
 手術後3時間は、仰向けに寝たまま動いてはならない
 6時間を経過したら、膝を立ててもいい(このあたりで酸素マスク外す)
 9時間を経過したら、寝返りを打ってもいい
 翌朝になったら、身体を起こしてもいい
という決まりになっていました。2chのドナー関連スレッドなどでは、抽出手術の日の夕方には立って歩いた、という書き込みも多くあったのを見ると、β病院はかなり慎重な方針のようだ。

左手に点滴が入れられており、動かそうとすると、ベッド下に何かが引っかかって動かせない。
左手は安静のために固定してあるんだ、と思い、右手だけで本を読んだり、鼻をかんだりしていました。
その後、9時間を経過し、寝返りを打つべくゴソゴソ動いていたら、引っかかりがとれた。
「何だ、左手動かせるのか!」この時やっと気づきました。

時々、看護師さんがやってきて点滴を取り替え、体温、血圧、血中酸素濃度を測定しました。
手術の傷(穿刺痕)は痛くないが、長時間同じ姿勢で寝ていたことにより腰が痛い、と訴える。
当然、それはしょうがないね、という事になります。

夕方、Yさんがやってきて、私の骨髄は、無事に患者さんの元に届いた、と伝えてくれました。これにて私はお役御免だ。取りあえずは一安心です。

夜は腰が痛く、また自由自在にゴロンゴロンと寝返りが打てないので殆ど眠れませんでした。

day -1 入院

朝10:00にβ病院でNさんと待ち合わせ。
入院の手続きをして、しばらく待たされてから、病棟の血液内科エリアに行き、病室に案内されました。
部屋の入り口でNさんとはお別れ。次に会うのは明日朝の手術前です。

個室だといいなぁと密かに期待していたのですが4人部屋。ただ、私の入院にかかる費用は、移植を受ける患者さんの健康保険から支払われるので、贅沢は言えません。部屋は特別な空調によって常に空気が循環し、無菌室ほどでは無いにしても、清浄な空気が保たれるようになっていました。好待遇であると言えなくも無い。

部屋には2人の患者さんが入院していました。Tさんはもうすぐ退院、Kさんはもうすぐ骨髄移植を受けるとのこと。

この日の最初のイベントは病棟オリエンテーションでした。血液内科エリアに当日に入院してきた、私を含めた3人が、看護師さんに連れられて病棟内を見て歩く。風呂、トイレ、蒸しタオル供給所、冷蔵庫など。
その後、部屋に戻って採血と血圧測定等を行い、昼食になりました。まずいと言われる病院食ですが、β病院の食事は薄味ですが不味くは無かった。

この日の最後のイベントは麻酔説明でした。午後、β病院で近々手術を受ける人が約20人くらい、麻酔科に集まって、説明用DVDを鑑賞。ストーリーは、50代くらいの男性と30代くらいの女性が、何らかの理由で手術を受けることになり、麻酔に対する不安を漏らすが、麻酔医が丁寧に説明し、その後手術は見事成功し、ハッピーエンド…というもの。
その後、問診室に1人1人呼ばれ、麻酔科医から直に説明を受けました。

後は、ベッドでごろごろしながら読書しているうちに夕食。食後に最後のフェロミア(処方された鉄剤)を呑んで、読書しているうちに21:00。この時刻を境に、ドナーは明日の手術に備えて絶飲食です。
読んだ本はバロウズ著「地底世界ペルシダー」(ハヤカワ文庫SF、昭和46年刊)。小学生の頃に子供向けの翻訳で読んだが、何となく再読したくなってハヤカワ文庫版を古本で購入したもの。古いだけあってボロい。でも結構面白く読めた。

消灯し、私の患者さんは今頃どんな気持ちだろうか、などとぼんやり考えているうちに眠ってしまいました。

day -13 自己血採取

自己血採取は土曜日09:30からβ病院で実施。今回はNさんは同行せず。
献血と同じ要領で、400mlを採取しました。
その後、担当医師から
「水分補給のために、献血ルームでは無料で飲み物を用意しているが、ここでは出せない。代わりに、点滴をサービスできるが、どうするか?」
と訊かれました。(遠慮した)

今後約2週間の、私の血液収支は、以下のように推移します。
(1) day -13(自己血採取当日)、血液400ml分マイナス
(2) 骨髄提供までの約2週間、必死に血液を増産して、通常の状態に戻す
(3) day 0、骨髄を抽出することによって、一時的に造血能力が落ちる
(4) そこで、冷蔵しておいた自己血400mlを身体に戻すことで、プラスマイナスゼロ

上記作戦が成功するか否かは、(2)の達成如何にかかっている。そこで、(2)をサポートする目的でドナーは鉄剤を処方される。鉄と言えばヘモグロビン、ヘモグロビンといえば赤血球。鉄剤を呑んで赤血球を増産しようという魂胆である。

院内コーディネーターのYさんから「フェロミア」という鉄剤を大量に渡されました。移植の日まで、これを毎日4錠(朝夕食後2錠ずつ)飲み続けます。

一見すると普通の錠剤だが、鉄剤と言うからには、中に鉄粉がびっしり詰まっているのだろうかと思い、帰宅してから1錠を噛んで割ってみましたが、中まで普通の錠剤でした。また、副作用として「便が黒くなる」と書かれてあった。これを読んで私は考えた。
「吸収しきれなかった鉄分が便に混じり、何らかの化学反応を起こして黒くなるのであろう。ならば、鉄分を全部吸収してしまえば黒くならないに違いない」
そう思って、毎回気合いを入れて呑みましたが、やっぱり便は黒くなっていました。

また、以前の記事(day -42 最終同意確認)にて、患者さんの詳細情報は教えてもらえないと書きましたが、術前検診が済んだ段階で、患者さんの「居住地域、年代、性別」だけは教えてくれるのです。それを聞きそびれたので、Nさんに電話で尋ねたところ、
「関東在住、40代、女性」
とのこと。同年代の女性ということでちょっと嬉しくなりました。

day -37 術前検診

術前検診は、β病院で15:00からでした。
入り口でNさんと待ち合わせて、診察室に通されると、M医師と、院内コーディネーターという役割のYさんと対面した。
M医師から、
・麻酔についての同意書
・手術についての同意書
・自己血採取についての同意書
・入院ガイドブック
等々、いろいろな書類を渡され、とにかく、たくさん「同意」を求められる。
「全部お任せしますから、適当にやっておいて下さい」
と言いたかったけれど、無理だろうから、諾々と従って同意しました。

その後、血圧を測定したら、上が150mmHgを超えていてびっくりした。私は普段は120台なのである。
骨髄バンクの基準では、150を超えるとドナー失格である。こんな所で失格になったら患者さんに会わせる顔が無い(もともと会えないけど)。
「この値はおかしい。あり得ない!」
と強硬に主張して、再度計ったら140台だったのでホッと胸をなで下ろした。次に採血、尿検査、肺活量測定、レントゲン撮影などを行い、すべての予定を終了しました。

帰り際にNさんを捕まえて、骨髄バンクシステムの疑問点、改善案を話してみました。

(Q1)「仕事を7回休む必要がある」事実を、適合通知が来て初めて知らされるのはおかしい。

(Q2)確認検査は、わざわざ病院で行わなくても、その辺の献血センターで十分ではないか。採血の設備は当然整っているし、問診のために内科医も常駐している。場所にもよるが、土日もやっている。現状は調整医師の都合によって日程が限られてしまうが、それも解消する。

(Q3)ドナー登録時には十分に骨髄提供の意思があっても、数年経つうちに状況が変わって(転職して忙しくなった、結婚して子供ができて目を離せなくなった、等)、提供できなくなることはあり得る。登録したらそれっきりでは無く、年に1回程度、登録継続の意思を確認したほうがいいのではないか。

Nさん曰く、
(A1)なるほど、確かに、広報内容を考える必要がある。
(A2)それはちょっと…。検査も骨髄提供手術も、骨髄バンク認定病院で行う決まりになっている。それ以外の医療機関では質が問題だ。
(A3)お金がかかる…。

お金がないのはやむを得ない。現状でできる改善案として、私は(Q2)は非常に有効だと思っている。だってα病院の確認検査でのY医師による診察だってすごくあっさりしたもので、あれなら献血センターの常駐医師で十分余裕ですよ。

ブラック黒ちゃん

職場近くの住宅地にいる、恐らくは外猫。
近隣住民からは当然のごとく「クロちゃん」と呼ばれているが、私は「ブラック黒ちゃん」と呼ぶ。
(他に「ホワイト黒ちゃん」もいるのです)
とてもおとなしい。

ヨシヨシ
よしよし

かなり高齢
かなり高齢

day -42 最終同意確認

15:00にα病院で待ち合わせ。私はこの日、仕事は午前で切り上げ後半休をとりました。
母にも時刻と場所を伝えて、向かって貰いました。

小さな応接室のような部屋に通された。私、母、Nさん、Y医師、立ち会い弁護士の5名。
母のために、移植までの流れをNさんが説明。
その後Y医師にバトンタッチ。手術時の全身麻酔、および術後の後遺症リスクについて、微に入り細に入り説明。
当日の話のうち、7割ぐらいがリスク関係だったようにも感じた(実際はもっと少ないだろうけど)。

一通り話が終わって、Nさんが、まず母に意思を確認しました。
あまりにもリスクの話を聴かされすぎて、諸手を挙げて賛成という訳では無いが、しかたない、という母。
私はもちろん意思は変わりません。

その後、「骨髄提供に関する同意書」と称する書類に、その場の5名が全員署名し、私と母はさらに捺印。

その同意書に書かれていることを一部抜粋すると、
・患者さんの情報は教えてもらえない。あきらめる。
・骨髄提供の日時、場所は公表しない。

つまり、私は患者さんの詳細な情報(氏名、病院、病状など)は全く教えて貰えません。また、患者さんにもドナーの情報が伝えられることは無い。
確かに、情報公開によって患者とドナーを会わせたら喧嘩になって、ドナーが「こいつ、いけ好かないので骨髄提供やめます」などと言い出してはまずいので、秘密主義の必要性もわからなくもないが、アメリカでは、移植後1年経って、双方が希望すれば会わせてもらえるそうです。私はそちらの方式がいいと思う。

私はドナー登録から7年経って、ようやくお呼びが掛かった点から想像するに、珍しい部類のHLA(白血球の型)を持っているのかもしれない。ゆえに、患者さんがドナーを探したときに、候補者が私1人しかいなかった、ということも充分考えられる。コーディネートが途中で打ち切られてしまわないか、患者さんは心細かったかもしれないが、最終同意が済んでようやく一安心かな、と思いました。
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