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day -51 ~ -45

Nさんから度々電話がきて、今後のスケジュールを詰めました。内容は以下の通り。
・day -42 最終同意確認
・day -37 術前検診  
・day -13 自己血採取(土曜日)
・day -1 入院 (木曜日)
・day  0 骨髄採取 (金曜日)
・day  2 退院   (日曜日)

「最終同意確認」とは、骨髄提供をすることを、本人および家族が、弁護士同席のもとで宣言し、さらに念書を認めるというイベントである。これをもって、患者さんは移植を受けるために必要な特別な治療に入ります。
「術前検診」とは字の通り。「自己血採取」とは、骨髄採取当日、ドナーの貧血を防ぐために点滴によって身体に戻すことを意図して、前もって自己の血液をとって冷蔵しておくことです。

骨髄採取のため入院する病院が、α病院ではなくβ病院に変わるが問題ないか?という確認がありました。
その場合、最終同意確認までをα病院で実施、術前検診以降すべてをβ病院で実施することになる。
別にどこでも構わないのだが、β病院は土曜日にも診療をやっているようで、自己血採取が土曜日になったのがありがたかった。また、3泊4日の入院も、後半の2日間が土、日曜に当たることで、仕事を休むのが木、金曜日だけで済むのも大きい。
ひょっとすると、私が初めてNさんと電話で話した時に「仕事を休みたくない!」とゴネたので、イベントがなるべく土、日曜に当たるような調整をNさんがしてくれたのかもしれないが、聞きそびれました。

ここで、まさにスケジュールを決定しようというその時に、入院前日(day -2)の夕方に別の用事が飛び込んできそうだ、という状況になった。その飛び込み用事とは、PC要約筆記の派遣依頼で、断ろうと思えば断ることもできたのですが、私にとっては骨髄採取と同様に重要な事です。

懸念したのは、患者さんの容態が急変して、移植を予定より前倒ししたい、という事態が発生することだった。その場合、ドナーである私としては、他のすべての用事を吹っ飛ばしてでも骨髄提供を優先しなければならない(患者さんの命に関わる)。

そこで、Nさんに電話して、この点について相談すると、
「移植が予定より前倒しされることは無い。day -2 に予定を入れても大丈夫だ」
という返答がありました。Nさんの説明によると、β病院の手術室やスタッフも、day 0 に合わせて調整するので、後になって変えたくても変えようがない、といったことのようです。
また、後で調べて分かったことだが、患者さんサイドは、白血病細胞を押さえ込んで、安定した状態(これを寛解という)で移植に臨むのが通常であって、もし、移植前に容態が急変した場合、移植を急ぐのではなく、寛解状態に復帰することが第一の課題となるようだった。すなわち、移植が予定より前倒しされることはないが、日程が再調整され、後ろにずれることはあるらしい。

ともあれ、懸念が解消されたので、職場で、骨髄ドナーとして選定された事を告げ、コレコレの日に休暇を頂きたい旨を相談して了解を得た。またPC要約筆記の派遣元締め(地元の聴覚障害者センター)に電話し、day -2 の派遣依頼を受ける旨の返答をした。最後にNさんに電話し、このスケジュールで行きましょう、と伝えました。
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day -57 ~ -52

●day -57
骨髄バンクから手紙来る。「血液一般検査結果のお知らせ」

財団の基準では問題ありませんでした


検査結果一覧表には、赤血球数とかγ-GTPとか、おなじみの項目の他に、HBs抗原とか、HCV抗体とか、見慣れない項目が並んでいる。これらは細菌やらウィルスやらの感染を表す指標らしい。
骨髄バンクの基準は、一般的な血液検査のものより厳しいので、これに合格した私の血液、ひいては骨髄がかなりの高品質であることが証明された。フフフ
ただ、問題は、患者さんとのマッチング度合いである。いくら高品質の骨髄でも、患者さんとの適合度が低ければ意味が無いのだ。

検査合格からドナー選定決定までは、早くて2週間らしい。
患者側主治医が、複数のドナー候補全員の検査結果が出るまで待ち、それらの結果を比較検討するので、ここで時間が掛かってしまうのはやむを得ないところだ。

●day -52
骨髄バンクから手紙来る。「ドナー選定のお知らせ」

さて、このたび貴方様は最終的なドナー候補者に選ばれました。


正直言って、選ばれてびっくりした。
骨髄バンクニュース Vol.39 2011年12月2日号 によると、

最初の行程である「確認検査」に進む方は適合者のおよそ「4人に1人」です。さらに第一候補者に選ばれる方は、「確認検査」を終えた方の「3~4人に1人」で、適合者全体の10%以下。そして、提供した方は5%程度になってしまいます。


私はすでに確認検査を終えているので、次のステージである「第一候補者に選ばれる」確率は「3~4人に1人」。これに該当してしまったわけだ。
私はクジ運とか勝負事とかには徹底して弱く、ギャンブルは一切やらないのだが、思わぬ所で当たりを引きました。

また、検査合格からドナー選定までが素早かった(通常2週間以上のところが5日間)点から察するに、複数のドナー候補の中で私の条件が断トツで良かったか、あるいは、そもそもドナー候補が私1人しかいなかったか、のいずれかであろう(このあたりの事情は機密保持でNさんにもY医師にも知らされないそうだ)。
何にせよ、次の段階である「最終同意確認」を早く済ませて、移植を待つ患者さんをホッとさせたい、と思いました。

day -70 確認検査

確認検査のため、α病院に15:00前に着く。Nさんと初めて対面。穏やかで人当たりのいい印象の人だ。
Nさんが病院の受付に用件を伝えて、少し待ってから診察室に通された。
本来なら、ここで医師の説明を聞くらしいが、医師いわく「先にやってて」とのことだったので、もっぱらNさんから、今後のコーディネートの流れについての説明を受けた。

内容は、基本的に既にもらった資料をなぞったものだったが、骨髄提供時の全身麻酔のリスク、および術後の後遺症のリスクについて、かなり念入りな説明があった。これは、言い方は悪いかも知れないが、「万が一、何か」があった場合に備えての、骨髄バンクの防衛姿勢の現れだろう。まぁ当然のことだと思う。

もう一つ、「家族の同意は確実に得られるか?」という点についても、ちょっとしつこく感じられるほど尋ねられた。恐らく、順調に進んでいたコーディネートが、家族の反対によってちゃぶ台をひっくり返されて…という事例がしばしば発生しており、Nさんがそれを憂慮しているに違いない。

かなり遅くなって、Y医師が登場。「調整医師」という役割で、ドナー側の担当医である(患者側の主治医とは別)。
簡単な問診、血圧測定、聴診、喉の奥見せて、といった検査を行い、最後に採血を行って、確認検査は17:00位に終了した。病院の玄関でNさんと分かれて、ちょっと寄り道してから帰った。
このデータをもってドナーとして的確かどうかが決まる。ここで血糖値が高かったり脂肪肝が判明したりすると、ドナー失格です。

私は献血を何度もやっているが、後で献血センターから送られてくる葉書の、15項目ばかりの検査結果数値は、毎回々々一つ残らず標準の範囲内で、数値が標準から外れたことは今まで一度も無い
だから今回の検査も大丈夫だろう。
結果が出るのは約2週間後だそうだ。(またゆっくりな…)

day -84 ~ -81

7/14の記事 「day -92 から4日間」 にて、「骨髄提供依頼」が来た、と書いたが、これは厳密には間違いです。

骨髄提供には、ドナーと患者間で、白血球の型(HLA)が一定以上適合している必要がある。
骨髄バンクは、まず、ドナー登録者の中から、HLAが患者と適合する者を検索する。
そして、適合者(沢山いた場合、最大5人まで)に対し、通知を出す。
私宛に来たのは、「骨髄提供依頼」ではなく、この「適合通知」でした。
この段階では、私は骨髄を提供するかどうかがまだ分からない「ドナー候補」です。
ドナー候補者は、次のステップである検診(確認検査)を受けるかどうかを骨髄バンクに返答する。
ここで、確認検査を受けられない、という返答をすれば、その時点で終了となり、骨髄提供は無くなる。
(患者サイドは、他のドナー候補にあたることになる)
私は前述の通り「OK」の返答をしました。

●day -84
骨髄バンクから手紙来る。「担当コーディネーターのお知らせ」
コーディネーターはNさんという女性。
患者側の主治医、ドナー、医療機関の間に立って、様々な調整をする人です。

●day -83
Nさんから電話あり。40~50歳代くらいの感じで、恐ろしく丁寧な印象だった。
仕事を7回休まなければならない点について、ちょっと押し問答となった。

ジェットマグロ
「いざ入院して骨髄提供となれば、どんなに仕事が忙しくなろうと、仮病で休んででも入院を優先するが、それ以外の、細々した検査やらなにやらに関しては、その時々の都合によっては仕事の方を優先させてもらいたい」

Nさん
「それは困る。検査機関などの都合だってある」

まぁ多分何とかなるでしょう、と無理矢理まとめて話を終えました。

●day -81
Nさんから再び電話あり。
「○月×日(11日後)の15:00から、α病院で確認検査を実施したいが、問題ないか?」
ずいぶんのんびりした話だ。
しかし、患者さんは「迅速コース」を希望しており、Nさんにしても、コーディネートをなるべく早く進めるべく留意している筈だ。その上での提案なのだから、きっと、多くの病院、医師のスケジュールを聴きまくって決めた、最善の日程案なのだろう。
仕事のスケジュールを見て、○月×日には特に重要な会議などもなく、丸1日の休みくらいなら大丈夫であると確認し、Nさんに電話でOKと返答しました。

蕎麦猫太郎 再び

キシェーッ!!

KC3N0001.jpg

イタチみたいですが猫です。
奴は非常に動きが素早く、携帯電話のカメラでは捕らえきれない。

誰かが作ったプログラム 読んで直して15年

私は96年に小規模なソフト会社に就職し、最初の1年間は開発案件に加わっていました。
2年目から保守。汎用機&COBOL。
「ジェットマグロ君、4月から○×社に派遣で保守ね」
と言われたときの暗澹たる気持ちは今でも覚えている。
それでもまぁ、エンジニア人生、時には保守をやってみるのも経験か、と前向きにとらえました。
まさか、その後15年間、ずっと○×社で保守とは夢にも思わずに。

97年~2004年にかけてやっていたのは、基本的に汎用機&COBOL。
扱うのはバッチ処理のみ。DBアクセスはほとんど無しで、ひたすらシーケンシャルファイルを読み書きする。
すべての処理は、「ソート」「マッチング」「キーブレイク」で成り立っている世界。
SQLもほとんど触らなかった。

2004年に、システムの再開発があり、私も1部分、基本設計から携わりました。
「基本設計って楽しいな」
とその時思いました。

2005年以降、新システムの保守にそのまま入る。EJB2.1 + ○×社独自フレームワーク + DB2。
javaに関しては、大学の卒業研究でObjective-Cを扱っていたのですぐにマスターできた。
SQLは必死に覚えた。
今に至るまで、何か不具合が発生する度に、COBOLとjavaで書かれた、誰かが作ったプログラムを、ひたすら読んで直して、その本数はもうとっくに分からなくなりました。

私が最も得意なのは、SQL、シェルスクリプト、awk、excel関数、excelVBA、vbscript などの小技を駆使して、膨大なデータや複雑な形式のログファイルから、必要な情報を扱いやすい形式に整えてチャッチャッと取り出すこと。また、プログラムに不具合が発生し、業務スケジュール上、改修が間に合わない場合に、データに対しチクチクとパッチを当てて、取りあえずエンドユーザの業務が止まらないように一時凌ぎをすること……なんか姑息だ。

レイヤーのかなり上の方、業務ロジックの世界でほとんど勝負しているので、下の方、インフラ面や、JavaEEのアーキテクチャ、DBMSなどに関する知識、技術が弱い。だから、今更ながら、そっち方面を少しずつ勉強して行こうと思っています。
何とか三日坊主にならないように!

何を書くか

■自己紹介

1972年生まれ。男性。ソフトウェア技術者。千葉県在住。

■カテゴリ「仕事・勉強」

今すぐに転職を考えている訳ではなく、現在の職場は可能な限り続けたいのだが、このまま定年まで続けられるとも思わない。
 小飼弾「転職活動する暇があったらブログを書け」
上記の記事を読んで、自分も勉強の足跡を残してみようと思いました。

■カテゴリ「PC要約筆記・情報保障」

聴覚障害者のコミュニケーション手段といえば、一般的には「手話」と思われているが、必ずしも全員が手話に堪能とは限らない。
そこで、健聴者が、その場の音声を耳で聴いて要約し、素早く透明なシートに書いて、それをOHPで投影することで、手話の不得手な聴覚障害者でも、その場の音声内容を文字情報として得られることを意図して、「要約筆記」が生まれた(手書き要約筆記)。さらに、健聴者が、その場の音声を耳で聴きながらノートPCにタイピングし、その内容をプロジェクタで投影するという、「PC要約筆記」が生まれた。

私は2009年に研修を受けて、2010年4月からPC要約筆記の活動を行っています(主に土日祝日)。
手話に比べて知名度も低い「要約筆記」「PC要約筆記」を普及させるために、ほんの少しでも足しになって欲しいと思い、活動内容を、守秘義務に抵触しない範囲で書いていきます。

■カテゴリ「骨髄・血液」

2012年に、骨髄バンクを通じた、非血縁者への骨髄提供を行いました。
経験者が少ない、ちょっと珍しい体験だと思うので、提供に至るまでのアレコレを思い出しながら書きます。
また、現状の骨髄バンクのシステムについての疑問点、自分なりの改善提案も書こうと思っています。
読者から、それに対する意見、批判等をコメント欄にいただいて、よく揉んでから骨髄バンクに伝えることができればラッキーです。

■その他のカテゴリ

適当。

day -92 適合通知 から4日間

ドナー登録以後、骨髄提供依頼はまったく無く、ほとんど登録を忘れかけていたのだが、今年2012年某月、初めて依頼がやってきた。
「ほぅ、やっと来たか」
当然、骨髄提供やる気十分で封筒を開けたのだが、同封の資料を読んで、しばらく考え込んでしまった。
 ページ: http://www.jmdp.or.jp/donation/about/overview.html
 対象リンク: 骨髄提供者となられる方へのご説明書(PDF 3.8MB)

問題の記述

骨髄提供には7回前後、医療施設に足を運んでいただく必要があります。通常は平日の日中の時間帯になります。


登録時に貰った資料「チャンス」にも、骨髄提供時には数日の入院が必要とあったので、その程度は覚悟していた。しかし、それを含め、つごう7回、仕事を休むとなると、そう簡単には返事できない。

一方、同封資料のうち、「骨髄ドナーコーディネートのお知らせ」と題する資料には次のように書かれていた。

今回、患者さんは、病状・治療の関係で、このご案内から約80日前後の移植を目標とする「迅速コース」を希望されています。


80日で「迅速」コースとは、ずいぶんゆっくりした歩みにも思えた。
しかし当時の仕事のスケジュールは、携わっている案件がだんだん忙しくなってきて、約7ヶ月後にピークを迎えるという状況だった。もし、80日すなわち約3ヶ月以内に骨髄提供を片付けてしまえるなら、この期間ならば仕事の忙しさもそれ程ではないので、7回程度の休みもひねり出せるだろう…。

もう一つ、骨髄提供には家族の同意が必要である。
私は独り者なので、母に簡単に説明したところ同意が得られたので(父は他界)、提供依頼に応じることを決心し、いくつかのアンケート回答と併せて骨髄バンクに返信を行った。
骨髄提供依頼が来てから4日後だ。

day -2500 ドナー登録

私は献血が好きで、2012年7月現在で400mlを23回抜いている。約9リットルか。
なぜ好きかというと、「手軽に他人の役に立てる」からです。
難しい技術も、細やかな心遣いも、忍耐力も不要で、献血椅子でちょっとの間寝そべっていれば済む。こんなに気楽なことはない。

2005年のある日、いつものようにウキウキしながら献血ルームに行くと、骨髄ドナーの登録キャンペーンを行っていた。確か、下記の資料を貰って読んだと思う。
 ページ: http://www.jmdp.or.jp/reg/about/flow.html#step1
 対象リンク: チャンス(Flash版)をみる

骨髄ドナーと言っても、つまりは単に献血の濃いめのやつであろう、と、その場で登録を済ませた。
骨髄提供の日の、約2500日前のことである。

蕎麦猫 太郎

職場近くの蕎麦屋の猫、太郎君。
たまに店舗に入り込んで食べ物をねだる。
あまりにおねだりがしつこいと、店のおばちゃんに捕まって奥の方へ持って行かれてしまうのだ。

その肉をよこせ!
その肉をよこせ!

ヒヒヒ
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