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へっぽこ旅行記(別府、大阪)

5月3日~5日にかけて、別府→大阪に旅行してきました。
もともと、連休は近場で適当に魚釣りにでも出かけようと思っていたのですが、ニュースで、地震の影響で九州の観光でキャンセルが相次いでいる、という報道を見て、それなら行ってみようか、と思った。
大まかな旅程は、
  • 3日、午後に羽田発の飛行機で、夕方に大分着。別府に移動。
    (別府でホテル泊)
  • 4日、別府観光。夕方に大阪行きのフェリーに乗船。
    (船中泊)
  • 5日、早朝、船が大阪に到着。
    午前中に大阪観光。午後、東京行きの新幹線で帰る

詳細を述べる。

■3日午後
千葉の自宅を出て、羽田空港から大分行きの飛行機に乗った。
この日、九州は大嵐で、
「大分空港に着陸できない場合は、羽田に引き返すことをご了承ください」
と、何度もアナウンスで脅された。

さらに離陸後、瀬戸内海上空あたりで、
「現地は視界不良、着陸を何度か試みるかもしれない。それでもダメなら羽田に引き返す」
と機長による再度の脅しがあった。
しかし、ちょうど大分到着の直前に嵐が止んで、無事に着陸できました。


■3日夕方
空港からバスで別府へ。別府駅すぐ前のホテルにチェックインしてから、事前にネットで探して、ここで食べる、と決めていた、
馬肉料理 大阿蘇
へ。佇まいは昭和の居酒屋風。おばちゃんが1人で切り盛りしていた。かなり高齢に見えるが動きは機敏でキレがいい。日本酒(400円)を頼むと、ただのコップででてくる。こうなると居酒屋というより定食屋風だ。
ここの「桜にぎり」がすごくうまかった。馬肉の乗ったにぎり寿司だ。しかし結構高い。

泊まった宿は温泉旅館でもなんでもなく、ビジネスホテルだが、大浴場(実際には中小浴場というサイズ)は源泉掛け流しだそうで、さすがは別府だ。もちろん入ってきたが、私には掛け流しでも循環でも違いがよく分からないのだった。


■4日午前
ニホンザルのシャーロットで有名な、高崎山に行った。
山を少し登ったところに寺院があり、そこに猿がたくさんいる。
人間には無関心で、その辺に寝転がったり、毛繕いをしている。
人間(観光客)の側も皆マナーを心得ていて、エサをやったり、手を伸ばして触ったりする人はいない。
(見た目モフモフなので本当は触りたい)

奈良の鹿もそうだが、こうして野生動物が人間と適当に共存しているのは、なかなかいいですよね。
(関係者には適当どころではない苦労があるのだろうが)


■4日午後
亀の井バスの「地獄めぐりパスツアー」を利用した。
私が頼んだ回は、ツアー客が私を含めて5人しかいなかった。これも震災の影響か。
私の最大のお目当ては血の池地獄だったが、実際に目にすると、なんとなく、名前とは裏腹におとなしい感じだった。

それより、最も印象に残ったのは、温泉水を利用してワニを飼育している、鬼山地獄である。
98℃という高温もさることながら、「ボコボコッ!」と派手な音と共に湧出し、その勢いで水面全体が絶えず波打つという男らしさだ。
ワニについては、71歳で死んだ「イチロウくん」の剥製が大迫力。
生きているワニもたくさんいるが、ほとんど動かないので、剥製とあまり変わらない。

このツアーでは、「七五調案内」というのが名物だと知った。
亀の井バスのサイトから引用すると、
 昭和3年「別府観光の祖」である当社創業者油屋熊八は、大型バス4台を購入し、別府観光の目玉として地獄めぐり遊覧バスの運行を始めました。
  あわせて熊八のアイディアで、この遊覧バスに‘少女車掌’を乗せたことが当時爆発的な人気を博しました。これが日本初のバスガイドの誕生です。

 七五調案内とは、少女車掌が沿線の観光地を「ここは名高き流川、情けも厚き湯の街の、メインストリートの繁華街、夜は不夜城でございます」の名調子で案内して好評を博したものです。


とのことで、どんな感じだろうと思ったが、実際には「右手に見えますのは○○山でございます…」という通常通りのガイドだった。時々、「ではここで七五調を披露いたします」という断りの後で、ちょっとだけ出る程度で、七五調ガイドは全体の0.5%程度だった。

その七五調で、少し残念だったことがある。
確かに昭和3年当時の節回しなどを再現しているのだが、その声が、ちょっと鼻にかかった「かわいい声」だったことだ。当然、マイクがなければ、広いバス内に声を響かせることはできない。
昭和3年当時は、おそらくマイクは使われていなかっただろう。当時のガイドさんは、喉を開いて、腹の底から発声して、力強い声をバス内に響かせていたはずだ。今のガイドさんも、願わくば、もう少し頑張って、そこまで再現してほしかった。
ただ、この私の感想はおそらく少数派で、かわいい声の支持率のほうが高いであろうと思ったので、当日にこの要望を伝えるのは止めました。


■4日夜~5日朝
18:45に別府を出て、翌6:35に大阪に到着するフェリー「さんふらわあ こばると」に乗船した。
私がとった部屋のグレードは「ツーリストベッド」というのだが、要は「2等寝台」である。
別府では「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」という句をよく聞いたが、残念ながら、この船が瀬戸内の海を航行するのは真夜中なのでよく見えない。
レストランはなかなか美味しい。

災害派遣帰りの陸上自衛隊員も大勢乗っていた。
5日朝、大阪到着後、車両を出すところ
0149a.jpg

海上自衛隊の輸送艦ではなく、民間のフェリーを使うというのは、陸自と海自の仲が悪いから???
しかし考えてみると、隊員からすれば、輸送艦に乗るのだと「仕事の延長」のようなもので、フェリーのほうが、多少は気分がほぐれて良いのかもしれない。


■5日午前
朝6:35、大阪南港に到着。この日の目的は、11:00開演の「よしもと漫才劇場」だ。
開演までの空き時間に、梅田で映画を見て過ごしてから、いざ劇場へ。
予約はしておらず、当日券を購入すると、席は満杯で立ち見だった。
場内では、最後方に何人か、立ち見客がおり、私もそこに混じって見ていました。

残念ながら、帰りの新幹線の時刻の都合上、12:00頃には劇場を出なければならなかった。
(もっと遅い時刻の新幹線の切符は買えなかった)
その、私が見た中で一番面白かったのは「大自然」。
今度、大阪に行く機会があれば、必ず大自然のライブをチェックしようと思いました。
東京でもやってくれないかな~
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へっぽこ旅行記(北海道)

北海道に旅行してきました。
  • 1月1日に千葉県の自宅を出発してその日は函館に一泊
  • 2日は札幌に移動してお土産を探す
  • 夕方になったら苫小牧に移動し、19時30分発のフェリーで新潟へ
  • 3日、15:30に新潟港着
  • 新潟から新幹線で帰る

札幌で探したお土産とは、
 「味噌ラーメンチョコ」
 「豚丼チョコ」
 「スープカレーチョコ」

amazonなどでも入手は出来るのですが、やっぱり北海道に足を運んで、手にとって買いたい。
実は数年前、狸小路商店街の土産物屋で買ったことがあるのです。今回も、頼みの狸小路へ行って、片っ端から全部の土産物屋をチェックしたのですが、残念なことに、ありませんでした…

帰りに乗ったフェリーは、新日本海フェリーの「フェリーしらかば」。
苫小牧を出て新潟に行くので、途中で津軽海峡を抜ける。
そこで写真を撮りたかったのですが、海峡通過がちょうど真夜中にあたり、寒くて面倒になってやめて寝てしまいました。

船窓から見た日本海。
三脚がなく、カメラを手で保持しているのでちょっと画面が揺れています。
(海が荒れて船も揺れています)

へっぽこ旅行記(沖縄)

■日程


1/2(木) 9:10 羽田発(飛行機)13:00頃 那覇着
(那覇市内のホテル泊)
1/3(金)
(那覇市内のホテル泊)
1/4(土) 10:00 那覇新港発(フェリー)
(船中泊)
1/5(日) 終日、海の上
(船中泊)
1/6(月) 9:30 東京・有明埠頭着

■沖縄での行動(2日)

  • ホテル近くに献血センターがあったので記念に全血400ml抜く。

  • 首里城を見る。
    【写真1】お濠にいた変な鳥
    099_01.jpg

    【写真2】近くに生えていた(枯れていた)植物
    099_02.jpg


■沖縄での行動(3日)

  • 那覇からバスで「旧海軍司令部壕」に行く。
    中国人観光客が来ていた。彼等にとって、日本軍は憎むべき侵略軍である。その侵略軍が、このように地下に追い詰められていたのを見て、彼等はどう感じただろう、と思ったが、私の語学力では訊ねるのは無理だ。

    イスラム圏の夫婦も来ていた(国はわからない)。なぜイスラム圏とわかったかというと、奥さんと思しき女性が、二カーブという、目だけを出して顔全体を隠す衣装だったからだ(ただし色は黒一色ではなく、カラフルだった)。一般的に、イスラム圏の人は親日的といわれる。彼等にも、どう感じたかを聞きたかった。

    【写真3】壕入口
    099_03.jpg

    【写真4】このような部屋がいくつかある。この部屋は10畳程度か。ほかの部屋はもっと狭い。
    099_04.jpg

    【写真5】通路
    099_05.jpg

  • 米軍の嘉手納基地を見に行く。
    といっても、特にイベントがあるわけではなく、近くの道の駅に展望台があって、そこから基地を眺めるだけです。那覇から嘉手納まではバスで1時間の道程だが、途中のところどころで巨大な米軍基地があるのを見た。例えば、バスの進行方向左側の歩道の向こうにフェンスがあり、米軍基地につき立ち入り禁止、という掲示があるとする。そのフェンスが、バスの停留所7~8個分ぐらい延々と続くのだ。

    フェンスの向こうには、特に軍事施設らしきものは見えず、広大な芝生に倉庫が点在しているだけだったりする。おそらく主要施設は簡単に見えないところに設置しているのだろうし、駐留している兵士は基本的にフェンスの向こう側の囲いの中で四六時中生活しているのだから、あのような「遊び」も必要なのかもしれないが、それにしても、巨大な面積が基地のために割かれていることを実感した。

    【写真6】道の駅かでなの展望台から臨む嘉手納基地。道路の向こうにあるウナギの寝床のような畑の、向こう一帯が基地。広すぎて全景が写らない。大体、ここに写っている3~4倍ぐらいの長さが右方向に広がっている。
    099_06.jpg


■船(4日~6日)

  • 乗った船はマルエーフェリーの「飛龍21」。揺れはそれ程でもなかった。読書や、ノートPCでのDVD映画鑑賞などでのんびり過ごしました。大部屋での雑魚寝はなく、全ての客室にドアがついている。部屋のグレードは1等(松)、2等寝台(竹)、2等(梅)で、私が利用したのは2等寝台です。公式サイトに書かれていない、重要なポイントを以下に記す。
    1. 乗船時、部屋の鍵を渡されない(中からは鍵をかけられる)。私はずっと鍵無しで過ごしたので、食事中など、部屋から出るときはちょっと心配だった。しかし申し出れば鍵を貸してもらえたらしい。

    2. 2等寝台の部屋内にはシャワーがあるが、タオルや石鹸類を常備していないので自分で持ち込む必要がある(船内売店を覗いたが売り切れていました)。私はタオルは持っていたが石鹸を持ってこなかった…のだが、2日に那覇で献血した際にもらった記念品「馬型石鹸」(干支ですね)があったので助かった。部屋はカーペットの染み等「くたびれ感」はあるが基本的に清潔。

    3. レストランは朝昼夕の食事時以外は閉まっている。営業時間のだいたい1時間前ぐらい前に船内放送があり、ロビーに集まって食券を購入するよう促される。そして売れた食券分だけ食事を作るというシステムだ。ここで船内放送を聞き逃し、食券を買い損なうと食事にありつけない。

    4. この船はかつて有村産業という別会社の所有だったが、同社が倒産して、マルエーフェリーが買い取って今に至る。有村産業時代には使われていたであろう船内設備(バーのようなものなど)の多くが閉鎖されている。マルエーフェリーが旅客扱いに割くリソースはまぁそれなりに…という方針のようだ。

    5. 船内に女性スタッフはいない(4.とも関連しますな)。食券の販売等、接客もすべて「海の男」が担当する。当然「お客様のニーズに隅々まで配慮した細やかな接客」を期待してはいけない。しかし、海の男はみんな誠実で、少なくとも私は全く不快ではなかった。

  • 写真をまとめて載せます。
    【写真7】出航間際
    099_07.jpg

    【写真8】沖縄本島、本部町付近。美ら海水族館(ただし船室から)
    099_08.jpg

    【写真9】海上での朝(5日)
    099_09.jpg

    【写真10】6日の夜明け。伊豆大島(右に見える島影)を後にする
    099_10.jpg

    【写真11】東京湾は船だらけ
    099_11.jpg

ボートでハゼ釣り 2013

この3連休は、グアム島沖のトローリングでカジキ狙いに行きました。

嘘です。
千葉県の江戸川放水路にボートハゼ釣りに行きました。
先週の台風の影響が心配だったが、水は濁っておらず、ゴミが流れていることもなく、杞憂に終わりました。

ボート屋さんの「みさお丸」で受付し、ボートに乗り込んで、曳舟でポイントまで引っ張っていってもらう。
しかし、ボート屋のおばちゃん、なぜか曳舟をUターンさせる。
「はい、ここね」
案内してもらったのは、「みさお丸」事務所から約20mの地点。

このプレハブ小屋が事務所だ
xIMGP0030.jpg

なんか、わざわざボートを借りた意義が薄い…
しかし、おばちゃんが案内してくれたのだから、ここがベストポイントであるに違いない。気を取り直して釣りの準備にかかる。
ここのハゼは6月ごろから11月ぐらいまで釣れるが、月を追うごとにだんだんポイントが下流に移っていく(11月ともなれば、ほとんど河口近く、JR京葉線高架あたりになる)。だが、今日のおばちゃん案内ポイントは、9月下旬としてはかなり上流のほうだ。

上流方向をのぞむ。東京メトロ東西線の高架がすぐ近く
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下流方向をのぞむ。右奥にJR京葉線の高架が見える。中央から左にかけて桟橋で釣りをしている人が見える。ボートの意義が…
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しかし、おばちゃんの案内は的確だった。ピョコピョコ釣れる。
7:00頃に開始して、少し移動しつつ、正午までに釣れたのが46匹。自分としては大漁です。そこで切り上げました。

大物(当社比)
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へっぽこ旅行記(北海道、新潟)

■1月1日 19:03 上野発 札幌行きの寝台特急「北斗星」号
一番安い個室の「ソロ」を取ったのですが、北斗星の個室はすべて喫煙車で、タバコの臭いがこびりついているのがいまいちだった。開放寝台(禁煙車)にしておけばよかった。
旅の友は、色川武大「狂人日記」(講談社文芸文庫)。0時頃までかけて一気に読んでしまいました。

■1月2日 10:20 苫小牧着
札幌ではなく苫小牧で降りる。当初予定では、ここから夕張を目指して、「夕張鹿鳴館」を見てから札幌、小樽に向かうつもりだったが、気が変わって、苫小牧と札幌で、ブラブラしつつお土産などを買い、早めに小樽に向かうことにしました。
こういう時に、1人旅は気ままで便利です。

■1月2日 16:00頃 小樽着
・ホテルにチェックインする
・あちこち散歩する
・適当な寿司屋で食事
・寿司屋を出たら吹雪だった
これだけなのだが、私は雪の中をザクザク踏みながら歩くのが好きで、結構楽しかった。

■1月3日 10:30 小樽発 新潟行きのフェリー「らいらっく」号
ツーリストSという、個室もどきの部屋を取った。
だいたい2畳ぐらいの空間に1段ベッドと書き物用の小さな机、ゴミ箱、ハンガー。扉は無く、通路とはカーテンで仕切られている。
出港時、甲板に出てみる。この時、小樽港は晴れ間がのぞきました。

130103_1051~01
 後部甲板は約5cmの積雪

しかし、少し沖合に出るといきなり猛吹雪。さすが冬の日本海。船はかなり揺れた。

130103_1102~01
 昭和基地からリュツォ・ホルム湾を望む
 らいらっくから石狩湾を望む


揺れる船中にて、いそいそと手紙を認める。相手は、以前の記事「上を向いて歩こう」に書いた、お見合いにおいて仲人をしてくれた人物です(○○さんとする)。

手紙内容を一部抜粋

はじめにこの旅を計画した時、新潟については帰路の中継地点としか考えていませんでしたが、「ちょっとお酒でも飲んで行くか」と漠然と考えていたとき、○○さんのことが燦然と脳裏に浮かんで参りました。そうだ、○○さんに新潟からお酒をお贈りしよう。


補足する。
お見合いの席で、仲人の○○さんの経歴についての話が出た。現在は東京在住だが、かつて新潟にお住まいだったことがあり、そのときに新潟のお酒を気に入った…という話を、旅行出発前に思い出したのである。
また、以前の記事「奢りのテーゼ」に書いた、「プライベートで奢っていただいた人」が他ならぬ○○さんであり、これはお礼をする千載一遇のチャンスだぞ、新潟のお酒セレクションを贈るというのはかなりのヒットだぞウヒヒ、と考えたのである。

■1月4日 7:00 定刻より1時間遅れで新潟港着
港からバス停まで少しザクザク歩き、バスで新潟駅に行きます。大きな荷物をコインロッカーに入れ、適当に腹ごしらえしてから、あらかじめネットで調べて、ここで買おうと決めていた、松澤酒店に向かいました(ザクザク歩いて)。
そこで、のべ8種類の新潟のお酒(300mlサイズ)を私がセレクトして、梱包の箱の中に、船中で書いた手紙も入れてもらい、○○さん宛てに発送しました。

その後、新幹線で帰宅しました。旅の終わりは寂しいものですが、今回は、○○さんへの贈り物というウキウキコーナーがあったので、心楽しく帰途につきました。
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